【No.586】
高等教育開発・支援系/部門ニュースレター HERD Newsletter第3号

PDF版: http://herd.w3.kanazawa-u.ac.jp/news/pdf/20170201HERD_Newsletter003.pdf

タイの大学との大学との連携に向けて

高等教育開発・支援系 吉永 契一郎

 本年度11月21日より25日まで、金沢大学と交流協定のある大学を中心に、タイの大学の工学部を調査する機会(科学研究費補助金188244)があったので、ここで報告するとともに、今後の交流について、検討してみたい。訪問したのは、チュラロンコン大学・タマサート大学・シーナカリンウィロート大学・チェンマイ大学・コンケン大学である。また、理工学域のキングモンクット工科大学との研修事業についても報告する。

 

チュラロンコン大学工学部

特徴:タイで名実ともにNo. 1の大学である。

インターナショナル・プログラム:主に、インターナショナル・スクール出身のタイ人向けである。通常の工学部よりも学際的で、外国人教員も多い。

大学院:優秀な学生は、奨学金を得て、海外に行く者が多い。そのため、大学院の定員は、他大学出身者で埋めている。教員の大多数は、海外で博士号を取得しており、アメリカが半数である。

留学生:主にラオス・カンボジアから来ている。

交換留学:大学院以上で、研究を目的としたもののみ認めている。学部生は、むしろ短期研修またはインターンシップに参加する。かつて、JICAの援助によるAUN/SEED-Netにおいて、本学は主導的な役割を果たした。

教育:アクティブ・ラーニング、反転授業を推進している。シニア・プロジェクト(自由研究)が必須である。教員の優先事項は、教育・研究・行政の順番である。教育支援組織として、ラーニング・イノベーション・オフィスがICTによるサポートを実施している。

金沢大学との関係:数物科学類と大学院でダブル・ディグリーを実施している。現在、金沢大学で3名が学んでいる。これは、あくまで特定の研究分野(小俣正朗教授)を学ぶためである。奨学金は、タイ政府と日本政府のどちらかが出している。

※タイにおいては、英語で教育を行うインターナショナル・スクール設置が盛んである。バンコクだけでも100校以上あると言われている。これらの学校の卒業生は、海外の大学に進学する他、タイの大学を卒業した場合でも、外資系企業や観光業において活躍すると言われている。

 

タマサート大学工学部(ランシット・キャンパス)

インターナショナル・プログラム:SIITと呼ばれるプログラムがタイ人向けに存在する。

ツイニング・プログラム:イギリスNottingham大学、オーストラリアNew South Wales大学との間で実施している。最初の2年間のGPAが3.6以上で、これらの大学の3年次に編入でき、双方の大学の卒業証書を得ることができる。協定により、留学中の授業料負担を軽くしている。

大学院:就職は学士で十分である。大学院進学者の9割は欧米である。日本政府からの奨学金は、将来が拘束されないことが魅力である(タイ政府からの奨学金は、帰国後の進路が限定される。)。

インターンシップ:企業と大学の双方で開発し、正規のカリキュラムである。

女性進出:教員の2割、学生の4割は女性である。

 

長岡技科大タイ事務所(タマサート大学内)

 本事務所は、長岡技科大・豊橋技科大・長岡高専の共同事業であり、これらの大学の学生が5ヵ月間、タイでインターンシップを行うことを支援しているほか、タマサート大学の学生が日本に留学する場合の支援をしている。残念ながら、英語圏に比較して、日本の大学の人気は下がっている。

 

シーナカリンウィロート大学国際交流室

 金沢大学へは、毎年2名、学生を派遣している。帰国した学生の、金沢大学に対する評価は極めて高い。金沢大学からの留学生がいないことが残念である。観光学科など、インターナショナル・プログラムもあるので、ぜひ、来て欲しい。東京外国語大学のタイ語学科は、以前から本学で研修を行っているほか、明治大学は、グローバル30によって、本学にオフィスを設置した。明治大学からの短期研修を企画しているほか、バンコク同窓会の中心となっている。大東文化大学、福井大学工学部とは、最近、交流を始めた。

 

チェンマイ大学工学部

インターナショナル・プログラム:定員50名で、これまでタイ人主体であったが、最近、中国人留学生の数が10名になった。

学生数:学部850名、大学院250名である。学部学生のうち、半分は地域枠であり、残り半分が全国枠である。

教育:講義の25%は、英語で実施しており、テキストはすべて英語である。100の講義をオンライン化した。反転授業を推進しているほか、50の授業で21世紀型スキルを教育目標としている。アメリカのABETに申請しており、中間報告で、実験が少ないという指摘を受けた。現在、タイ独自のTABEEを準備しているが、まだ、時間がかかりそうである。シニア・プロジェクトは、企業と連携して実施している。

就職先:8割がバンコクである。

大学院:大学院進学者は1割であり、チェンマイ大学に進学するのは、その1割である。9割が、海外の大学院(20名程度)かバンコクの大学(主にチュラロンコン・キングモンクット工科大学)を選ぶ。164名の教員のうち、タイ国内で博士号を取得したのは、10名のみである。

交換留学:毎年、50名の学生を海外に送り出し、50名の学生を海外から受け入れている。学期や年度単位ではなく、10日から3ヵ月間の短期研修である。三重大学・室蘭工業大学・ミシガン大学と実施している。将来は、200名に増やしたいので、金沢大学と連携を強化したい。工学部の教員には、金沢大学で博士号を取得した者もいる。東京工業大学・京都大学・フランス・オーストラリアから、毎年、20名程度のインターンシップを受け入れており、タイのマキタ・三菱で研修を受けている。

タイの産業界:タイはまだ、海外企業の下請け生産が多い。そのため、英語の能力が求められる。これまで、日系企業では、タイ人がトップになれなかったが、現在は、現地化を進めているようである。

 

コンケン大学工学部

インターナショナル・プログラム:160名が在籍しており、ほぼすべてタイ人である。

学生数:学部生700名

就職:卒業生は外資系企業に勤める者が多い。

教育:英語のテキストを使用している。シニア・プロジェクトの発表はできるだけ、英語にしている。

大学院進学:チュラロンコン大学は、奨学金も充実しているので人気がある。教員のほとんどは博士号を海外で取得している。これは、大学の国際化にとってよいことであると考えられる。

留学生:ラオスからの留学生が多い。彼らにはタイの電力会社が奨学金を提供している。

女性進出:教員150名のうち、4割が女性である。学生も4割が女性である。

企業との連携:インターンシップのほか、4ヵ月研修もある。日本の企業でのインターンシップは滞在費が不要で、学生は渡航費・お小遣いのみで参加できる。

交換留学:必修科目が多いため、学部段階での留学は推奨していない。

 

理工学域キングモンクット工科大学トンブリー校での研修(田中茂雄教授への聞き取りから)

期間:1ヵ月(8月)

金沢大学からの参加学生:2014年 8名 2015年8名 2016年49名

参加費:学生は20万円(JASSOからの支援7万円を含む)を負担しているが、実際の経費はもっと高く、キングモンクット工科大学の持ち出しである。JASSOからの支援は、単年度ごとの審査であり、不確定である。2017年は35名が決定している。

対象学生:学部3年〜修士2年 

プログラム:研究室配属・企業見学・他大学(大阪大学)の学生との交流

教育成果:9月に報告会を実施し、報告書を発行している。英語学習への意欲が高まったことが最大の教育成果である。

成績評価:タイ人の教員が評価する。単位認定は、各学類の判断による。

キングモンクット工科大学からの受け入れ:毎年、10名〜20名である。2016年度は、JASSOからの支援がなく、金沢大学の予算で実施した。

正規留学生:現在、大学院にキングモンクット工科大学から2名の学生が留学しており、研修説明会の手伝いをしてくれている。

 

まとめ

 まず、タイにおいては、インターナショナル・スクールを始めとする英語熱が、大学においてもインターナショナル・プログラムの設置を加速化している。これは、単なる掛け声だけのグローバル化ではなく、観光業や下請け生産を中心とするタイの産業構造を反映したものである。外資系企業に依存した経済活動や海外の大学院に依存した研究者養成はタイの弱点とも言えるが、逆に、グローバル化に貢献していることも否定できない。国家発展の様式が、国によって異なることを理解するには、タイが興味深い事例を提供している。今回の視察結果から、金沢大学とタイの大学との連携に関して、以下の3点を提案したい。

(1) 短期研修の充実

 工学部のカリキュラムが体系的で過密であることは、世界的に共通である。また、学部段階では、教育内容に大きな違いも認められない。したがって、工学部の国際交流は、インターンシップを中心にした短期研修ということになるであろう。特に、タイでの研修を通じて、理工学域の学生が、英語への学習意欲を高めたことは素晴らしい。今後、タイの大学との交流をさらに発展させるには、タイの大学が求めているように企業との連携を深める必要がある。幸い、北陸地域には有力な製造業が立地し、タイに製造拠点を持つ企業も多い。この点に関しては、「学都いしかわグローカル人材育成プログラム」における国内外のインターンシップ事例が参考になると思われる。

(2) ネットワークの重点的強化

 国際交流において核となるのは、形骸化した交流協定ではなく、人的なつながりである。その意味でも、チュラロンコン大学からの大学院留学生、シーナカリンウィロート大学からの学部交換留学生、チェンマイ大学における金沢大学出身教員、キングモンクット工科大学からの研修生・大学院生は、金沢大学にとって、貴重な財産である。今後とも、これらの大学に対しては、重点的に連携を働きかけることが望ましい。

(3) 文系学部における交流の活性化

 上述したように、タイの大学は、インターナショナル・プログラムが充実しており、タイへの留学はタイ語が必須ではない。また、タイは、欧米に比較して、生活上のストレスも少ないため、異文化を理解するための入り口として最適である。カリキュラムの自由度が高い文系の学生にこそ、学部段階での交換留学が望ましい。特に、金沢大学の戦略として、東南アジア研究を重点課題にすることも考えられる。

 

大学間連携共同教育推進事業シンポジウム・大学コンソーシアム石川教職員研修事業第1回FD・SD研修会「大学における国際交流の推進」報告

高等教育開発・支援系 堀井 祐介

 

 2016年10月15日(土)に、大学間連携共同教育推進事業シンポジウム・大学コンソーシアム石川教職員研修事業第1回FD・SD研修会「大学における国際交流の推進」(主催:大学間連携共同教育推進事業「学都いしかわ・課題解決型グローカル人材育成システムの構築」、共催:大学コンソーシアム石川教職員研修専門部会)が石川県文教会館で開催された。本稿では当日の発表資料に基づき同シンポジウムについて報告させていただく。

 シンポジウム「大学における国際交流の推進」は、グローバル化が進む中、学生の留学を中心とした教育における国際交流を大学が組織としてどのような戦略・支援体制で取り組めば国際交流事業が定着し活性化するのかについて議論することを目指して開催された。

 プログラムは、話題提供として「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」(古畑徹氏(金沢大学学長補佐大学間連携共同教育推進事業担当、留学経験者2名(宮下ふき子氏(金沢大学人間社会学域国際学類4年)、蓬田大地氏(金沢大学医薬保健学域医学類6年)))、「北陸大学国際コミュニケーション学部構想」(田中康友氏(北陸大学未来創造学部教授))があり、それに続いて、島崎弓子氏(国際基督教大学国際交流室室長)による「国際交流のための支援体制」、今村正治氏(立命館アジア太平洋大学副学長)による「大学における国際交流の意義」の2つの講演が行われた。

 古畑氏は、トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラムとその地域人材コース概要、大学コンソーシアム石川における「学都いしかわグローカル人材プログラム」を中心とした取り組み、トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム地域人材コース「石川プログラム」の特色と応募者の状況について報告された。トビタテ!とは、「日本再興戦略」に基づき、官民が協力して海外留学を支援するための仕組みである。2013年に第1期が始まり、現在、第6期の募集が行われている。第3期から海外留学と地域企業等でのインターンシップを組み合わせた「地域人材コース」が加わり、大学コンソーシアム石川を主体とする「石川プログラム」は第4期から募集を開始した。大学コンソーシアム石川では2009年度に「いしかわ国連スタディビジット・プログラム」(石川県主催)から県内高等教育機関におけるグローバル人材育成に関わり、2012年度の国公私立の設置形態を超え、地域や分野に応じて大学間が相互に連携し、社会の要請に応える共同の教育・質保証システムの構築を行う補助事業「大学間連携共同教育推進事業」に採択され、海外インターンシップ等を含む「学都いしかわグローカル人材プログラム」を構築している。トビタテ!「石川プログラム」はこの大学コンソーシアム石川の活動の延長線上に位置づけられており、「ものづくり×アジア」、「観光・地域文化×アジア」、「グローバル展開×地域課題」の3つのコースがある。すでに第4期7名、第5期11名を送り出している。トビタテ!全国コースにより留学を経験した2名からは、留学の素晴らしさに加えて、トビタテ!等への申請時、留学中、帰国後などに大学の窓口からの支援がどのようなものであったかについての報告がなされた。

 田中氏は、北陸大学における国際コミュニケーション学部学部設置構想の背景、教育内容等について報告された。背景としては、地域におけるグローバル人材のニーズの高まりがある。北陸大学では、このニーズを、地域産業のグローバル化(アウト・バウンド)と地域社会のグローバル化(イン・バウンド)にわけた上で、石川県が2015年10月に策定した「いしかわ創生総合戦略」や各種データの分析し人材ニーズを明らかにし、新学部設置を決断した。その上で、「語学力」と「国際感覚」を身につけ、「コミュニケーション能力」に長けた「地域を国際社会をつなげるグローバル人材」を養成する人材像として設定した。教育の特色としては、「語学力」、「二言語教育」、「協働経験」、「海外体験」をあげている。具体的には、e-Learningや課外学習を含めた英語教育に中国語教育を組み合わせた英中二言語教育、留学生とのPBL等を活用した協働授業、全ての学生が原則として海外体験をする国際体験教育などを実施し、掲げている人材養成を目指している。

 2件の話題提供は、ともに地域に根ざしたいわゆる「グローカル」人材育成につながる取り組みの報告として興味深く、いわゆる「地方」と区分される石川県においても人材ニーズ、学生の志向がグルーバルに向いており、その両者をマッチさせる取り組みの必要性が確認出来た報告であった。

 島崎氏は、国際基督教大学(ICU)の紹介の後、国際交流支援体制について話された。ICUでは、日本で高校教育を受けた学生向け(4月生)にはリベラルアーツ英語教育(ELA, English for Liberal Arts Program)を、高校まで日本以外で教育を受けた学生(9月生)向けには日本語教育プログラム(JLP, Japanese Language Programs)を柱とした日英バイリンガル教育を基礎としている。このバイリンガル環境は、学内各種情報の掲示、会議言語においても整備されている。ICUでは、平成24年度のスーパーグローバル大学等事業「経済社会の発展を牽引するグルーバル人材育成支援」(Go Global Japan)、平成26年度のスーパーグローバル大学創生支援(Top Global University Project)を2つの柱としてさらなる国際化を進めており、51ヶ国141大学との海外留学プログラムを動かし、卒業時までの留学経験者の割合は2015年度で6割を超えている。海外留学プログラムとしては、1、2年次生向けには6週間の海外英語研修、2年次以上には2週間から6週間のサマープログラム、30日以上の海外日本語教育実習、国際サービス・ラーニング、3年次以上では、1年間の交換留学/海外留学プログラム、半年×2地域でのGLAA(Global Scholar Program)、1学期のアジアキリスト教大学連盟(ACUCA)プログラムなどが用意されている。

 ICUでは学長のイニシアチブのもと、国際交流室を中心に国際交流に関わる組織体制が整備されている。国際交流室は、上記留学プログラム運営、協定書締結、国際教学プログラム委員会事務局、留学奨学金制度、留学プロモーションなどを主たる業務とし、専任職員4名、嘱託職員2名、パート職員1名の体制となっている。国際教学プログラム委員会は、学務副学長のもと、国際教育交流主任 ELA主任、JLP主任、サービス・ラーニング・センター長、アカデミック・プランニング・センター長などで構成され、学期に一回開催され、全学的な国際交流に関わる事項を審議決定し、その結果は幹部会承認の後、教授会に報告される流れとなっている。学術的、教育面から関与し、承認を行う教員と、大学の方針に基づき企画、運営を担う職員が両輪として国際交流促進を担っている。現在の課題としては、SDとして職員の企画力向上、ますますスピード感を増す国際化への対応、多様な学生への対応、危機管理体制のさらなる充実をあげられた。

 

 今村氏は、立命館アジア太平洋大学(APU)における取り組みを紹介された。APUは、学校法人立命館の国際化戦略を進める流れの中で、教学の国際化の域を超えた大学自体の国際化を目指し大分県、別府市の協力のもと設置された大学である。「混ぜる大学」というコンセプトのもと、「3つの50:国際学生(留学生)比率50%、学生の出身国・地域50以上、外国籍教員比率50%」をかかげ、多文化共生型キャンパスを実現している。留学生にとって大きな3つの壁(経済的負担、日本語、住居確保)については、それぞれ、アドバイザリー・コミッティ設置及び奨学金制度、日本語能力ゼロでもOKの入試、国際寮(APハウス、1,310名収容可能)建設によりクリアしている。教育システムの特徴としては、春・秋2回入学制度、クォーター制、日英二言語教育、体系的なカリキュラムと国際基準の成績管理、協調学習システムなどがあげられる。成績評価には米国のVALUE Rubrics等の導入、AACSB(The Association to Advance Collegiate Schools of Business)などの国際認証取得により国際的な教育研究の質保証に努めている。APUでは、さらに、これらの取り組みをGlobal Learningという構想のもと、ガバナンス改革、教育改革、質保証、入学政策、連携強化(卒業生、企業など)を進めている。この構想は、学長を頂点とした「大学評議会」管轄となっている。今後の課題としては、宗教に配慮した多文化共生コミュニティの在り方(フレンドリー・キャンパス)、奨学金のあり方と学費水準、学生の就職、APU教職員における価値共有などがあげられた。

 両大学とも国際化を全学として全面に打ち出している大学のため、金沢大学を初めとする他大学では取り入れられない取り組みもあるが、全学として統一されたポリシーに基づく活動、全学体制での国際交流支援、情報・連携の流れの明確化など、国際化、グローバル対応を進めるにあたり参考になる事例ではあると考えられる。

 

金沢大学国際基幹教育院高等教育開発・支援部門研究セミナー「世界のリーディング大学とのベンチマーキングが開く可能性」報告

高等教育開発・支援系 渡辺 達雄

 

 2016年11月12日(土)に、国際基幹教育院高等教育開発・支援部門研究セミナー「世界のリーディング大学とのベンチマーキングが開く可能性」(共催:大学教育学会、後援:日本高等教育学会)が開催された。海外の大学事例や大学ランキング指標にもとづき、それらを参考にあるいは到達目標としてそれぞれ大学改革を推し進めていかなければならないプレッシャーの下にあって、それらが教育研究活動に与える影響は非常に大きいものである。国際比較は重要であるが、ただ少し立ち止まって、日本の個々の大学が取り組めるような具体的で建設的な方策を考えてみようというのがシンポジウムの趣旨である。

 

 まず、基調講演で松澤昭氏(東京工業大学教育革新センター長)から「東工大の教育改革と海外大学との連携」として、欧米のリーディング大学のベンチマーキングにより、現在教育改革を進めている東京工業大学の事例が紹介された。同大学自体は、優れた理工系人材輩出のランキングでは国内外で高い評価を受けているものの、グローバル化の波で優秀な留学生を確保するのには万全でないという危機感をもち、さらに存在意義を高めるための改革に着手している。改革のポイントは、①世界トップとしての教育システムの確立②学びの刷新③大胆な国際化、としている。組織的に3学部6研究科を6学院、23学科45専攻を19系(コース)に統合再編して、広い(複数の)分野を学修でき自分が学びたい分野に合わせ履修しやすい設計をとった。そして大学院進学者が多いことも踏まえて、学部・修士一貫体制の構築、さらに教養教育の刷新と学部から大学院までを通した教養教育の充実を目指している。後者についてみると、初年次の「立志プロジェクト」(講演およびグループ討議・学修)導入や科学技術への興味を喚起させるレクチャーシアター授業、3年次の「教養卒論」、修士でのリーダーシップ道場などの導入が代表的なものであり、前者については、MOOC(大規模公開オンライン講座)を活用したオンライン学習環境や自習環境整備や、科学技術計算ツール利用による「シミュレータ活用教育」など能動的学習を促す仕組みづくり、また学部生の大学院科目履修の緩和(先取り学習)や複数の研究室で経験する研究プロジェクト制度など、様々な仕掛けがなされており、リーダ一シップ、国際性、卓越した専門性を有する人材育成に全学一体で力を注いでいる。教育の質向上に向けこうした取り組みを支えるものとして、海外有力大学の教育支援組織(カリフオルニア大・カーネギーメロン大など)と連携してFD(授業法・教授法・英語授業)、コンサルタント、アセスメントなどの情報交換・協力を進めていることや、教育能力向上、教育方法の革新を図るためのセンターを設置し、科目設計法マニュアル作成と普及、アクティブ学修支援やコンテンツ制作支援を行っている。

 続いて、石川真由美氏(大阪大学グローバルイニシアチブセンター教授)、黄福涛氏(広島大学高等教育研究開発センター教授)、吉永契一郎氏(金沢大学国際基幹教育院教授)のシンポジストよりそれぞれ話題提供がなされた。

 石川氏は、世界大学ランキングの意義やその内実、またベンチマーキングのあり方について触れられた。ランキング自体について、指標やウエイトによる上下変動や、収集データの偏りや数値調整、英語国偏重などの技術的問題に加え、(多種多様な大学を同じ指標で数値化することで)ある種の同化圧力や外部評価としての誤用(誤信)、日本の大学の研究の多様性や質がこうした商業評価には適しておらず、学術研究に悪影響を及ぼすなど無視できない効果や問題がある(例えば理系においても、日本語によるサイエンスは独創的な概念形成に極めて重要で、海外学術誌偏重によるそれらの軽視が国際競争力向上に必ずしも貢献しない)。またランキング上昇は非西欧圏の大学にとって中長期の目標に適さないと指摘しているが、しかし世界との競争に背は向けられない状況にあることも事実である。実際、アジア地域だけみても、各国で世界トップ大学育成に力を注ぐ中、学術軍拡競争的な場(主要大学のベンチマーキングの例を示しながら)から降りることは難しい。いずれにしても、グローバル対応の遅れからの焦燥に由来する不毛な国際化ではなく、世界の大学と協調・連携する潮流にあって、改革の優先順位を見定めて、主体的に研究の質を高めるための挑戦をすべきであると石川氏は考えている。

 黄氏は、世界トップの大学の教育について、そのカリキュラムや人材育成に関してその特徴を観察し、日本の大学の課題と今後のあり方について報告された。主な大学教育モデルを示した後、1980年代から1990年代までのアメリカの一般教育の変化について触れ、一般教育と専門職教育の間の密接なつながり、必修科目増加によるカリキュラムの構造化、一年次教育の改善や高学年次の教育の変化(バラエティに富む応用教育・課題解決型教育)、四年間にわたるジェネラル・エデュケーション実施、自主学習の強調など13の側面を説明した。さらに、具体例としてマサチューセッツ工科大学(MIT)の学士課程教育の仕組みを示された。これらは、しかし日本の大学教育にも共通の特徴が認められるものであることはいうまでもない。

 吉永氏は、アメリカの大学における工学教育改革の動向とその特徴に触れ、そこから得られる日本の大学教育へのインプリケーションについて話された。まず背景として、アメリカの工学教育がコミュニケーション・チームワーク・企業家精神など(の不可欠な要素が)キャリア形成にとって役に立っていないことが、工学部卒業生の調査で指摘され、また別調査からも学校で学習した内容と職場で必要な知識・スキルが一致していないことがある。この課題の克服に向け、MITは教育革新Educational innovationを進め、新しい教育アプローチNew pedagogical approaches(モジュール学習、ブレンド型学習、グローバル討論など)により創造的で大胆で厳格で力を与える環境となるよう大学教育の刷新を図っていることが示された。また、優良な工学カレッジの教育実践例(講義・演習・実験の統合、Team design projects、capstone projectsなど)も紹介し、初年次学生の能動学習関与・経験度が高いことを示された。学習パラダイムの変化、外発的な学びから自発的な学びへの転換が大学教育改革の核心にあり、そのために学生の内発性を尊重する大学文化と環境整備が必要で、ランキングの発想の外で有用な人材育成を目指そうとする工学カレッジの取り組みは注目されるものである。

 ベンチマークによる大学(教育)改革、ランキング、特色ある海外大学の教育実践などいくつかの視点から材料が示された。ただ、焦燥感に駆られて、表層的で形式的な対応に導くような競争に煽られるのではなく、グローバル化の教育的課題のねじれやギャップを冷静に見つめ、どのように対応していくべきか、考えさせる貴重な機会となった。