【No.434】
大学で障害者の権利は守られているか

 

 明けましておめでとうございます。山田政寛准教授(教育支援システム研究部門)は昨年末をもって九州大学へ転出となり、当センターの専任教員は現在4名ですが、これまでと同様、大学教育改善に資する情報をこの誌面にて学内外に発信してまいります(センターウェブページにて2004年3月発行第1号からの全てのバックナンバーを公開しています)。本年も『週刊センターニュース』をお読みいただき、ご活用いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
 
○●○大学で障害者の権利は守られているか○●○
 大学で教養の憲法を教えて30年近くになる。専門学部のそれではない。時々のニュースを交えながら授業内容を組み立て、受講生に合わせて授業方法を変えながらである。他大学非常勤も含めて年間1000人くらいの学生が受講してくれる。学生たちにとって生涯で最初で最後のきちんとした憲法学習の中心は、なんといっても人権についてである。
最初に話すのは、権利と人権は違う、ということである。権利はふつう自分が何かをしないと得られない。コンビニの商品は、お金を出すから客である私のものになるし、お店は商品を渡すからお金を受け取る権利がある。日常生活はこうして成り立っている。
 一方、人権は無条件である。日本国憲法は「第11条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と規定する。私たちは、生まれた瞬間に、何をしなくても人権を享有(英訳:enjoy)する状態に置かれている。
だが、私たちが手にしている人権も、実は、過去の人たちが獲得のために努力するという行為があって初めて、私たちのものになったのである。「第97条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」。フランス革命を、第二次世界大戦を想い起こせばよい。無数の人々の命がけの行為によって、言論や信教の自由、平和への自由等々が、まさに人類の遺産として、人権のカタログに一つ一つ付け加えられてきた。
さて、そうした人権保障の新たな一頁に、障害者の情報保障の人権が、大学教育の場を一つの重要な舞台として、書き加えられようとしている。
1月6日、東京の板橋区立グリーンホールで開催された「第3回パソコン文字通訳シンポジウム『文字通訳と聴覚障害者の知る権利』~どのような文字通訳が権利を守れるか?~」に参加した。<聴覚障害者の求める文字通訳の研究・普及の推進に寄与することを目的とした当事者団体>全国文字通訳研究会の主催によるものであり、「文字通訳と聴覚障害者の知る権利」長谷川洋氏(全国文字通訳研究会理事長、元筑波技術短期大学助教授)や「提言 どのような文字通訳が権利を守れるか?」越智大輔氏(社団法人・東京都聴覚障害者連盟事務局長)の報告のほか、一般公募提言者の報告などが続いた。
長谷川氏は「聴覚障害者の聞く権利・知る権利はどこから出てくるか、やはり基本的人権ということになる」との指摘から講演を始められた。「日常生活での情報保障だけでなく、大学での授業、裁判員制度、政権放送での情報保障などに文字通訳が関わるようになってきており、これまで以上に聞く権利・知る権利が守られているかという点が重要になってきた」。情報保障が権利保障としての質を問われているというのである。
おりしも12 月26 日、文部科学省の「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」による審議結果が、『検討会報告(第一次まとめ)』として公表された。政府が批准を目指している「障害者の権利に関する条約」は、教育を受ける権利の実現にあたり「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること」と規定しており、検討会では、障害学生に対して具体的にどのように配慮、そして支援を行うべきかが議論の焦点の一つとなった。日本国憲法が強調するまでもなく、人権は普遍性をもつ。既に120カ国以上が批准した条約である。日本ではようやく、批准のための国内法整備が進み、高等教育においても国として具体的な対応をとろうとしているわけである。
報告では、「(1)大学等における合理的配慮の対象範囲、(2)同合理的配慮の考え方、(3)国、大学等及び独立行政法人等の関係機関が取り組むべき短期的課題、中・長期的課題」などについてまとめられている。全ての高等教育機関で、障害学生がいることを前提とした授業改善が必至である。この報告は、そのための必読文献である。
私はここに、障害者の人権保障のプロセスの一こまを見る。
次に紹介する詩は、NHK「みんなの手話」でもおなじみの女優、岡田絵里香さんの『ERICA』(集英社、2006年)に収められている、「ゆずり合い」という詩である。
 
口で話すきこえる人に
筆談してもらって悪いわ
と思うな
ろうだって手話で話さず
筆談してるんだから
おあいこよ
お互い一歩ゆずり合って
筆談
すばらしい事よ
 
 一昨年8月に改正された障害者基本法において「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保される」と規定され、手話は言語として法的に認められている。そのことを背景に詩を読むべきである。
 高等教育のグローバル化は、例えばアメリカの大学で聴覚障害学生にどのような情報保障が行われているかを知ることを抜きにしては始まらない。上述の長谷川氏は「聴覚障害者も基本的には、話の全てを知る権利を持っている。欧米では当たり前のことであり、文字通訳と言えば速記者が来て速記タイプで全文を表示する形である」ことを強調された。障害学生は授業内容の全てを知ることができているのか、具体的な権利保障が問われている。大学教育がどう変わらねばならないのか、障害学生とともに私たちは考え、行動することを求められている。 (文責:教育支援システム研究部門 青野 透)