【No.414】
秋入学を学生の学習意欲・授業理解度向上のための教育改善という視点で考える-その5-

○●○秋入学を学生の学習意欲・授業理解度向上のための教育改善という視点で考える-その5-○●○

 15週目の授業が終わった。私は、大学が実施する授業アンケート以外に、この週、受講生に感想を書いてもらっている。書かれた内容に一喜一憂することになるが、この時の学生の言葉が、一番有り難い(これに比べると、時間が経ってからのアンケート結果通知は、気が抜けたビールのような感じがする。人を叱るとき時間をおくと効果が薄くなるのと同じ理屈だろう)。自分自身がその教室での試行錯誤のあれこれを鮮明に覚えているからである。褒め言葉があると心底嬉しい。単純なものである。手厳しい指摘には、言い訳を心の中でしながらも、次の学期は同じ失敗をしないようにと思う。実は、クリッカー導入直後、「この授業は面白かったですか」とクリッカーで尋ね、芳しくない数値を教室で学生たちと確認することになり、動かぬ証拠を前に言い訳もできず、情けなくなった経験がある。以来、最後の週の学生アンケートは、無記名で自由記述の文章でという従来の方法に戻している。
 多くの大学教師も同じ思いだろうが、こうした直接の学生の言葉こそが、私たちを育ててくれる。自分の授業の内容改善、方法改善は、現場である自分の教室から始まる。学生たちが試験で、自分の学び足りないところがどこであったのか、思考をもっと深く行えば良かったのかに気づくのと同様である。学問をすることの意義が、真実を探求する過程で、自分にとって不都合な事実に出会ったときに、逃げない姿勢を身につけることにあるとすれば、一枚一枚の授業アンケートこそが、かけがえのない授業研究の一次資料であり、特に批判的な意見と真摯に向き合うことが大事である。私の今の授業に価値があるといえるのは、何千人もの過去の受講生の声を幾ばくかでも反映しているからであり、その意味で、授業15週目は重要な結節点である。
 そして、試験、レポート受け取りの週が始まる。今学期は、医事法入門180枚、日本国憲法115枚、医療と法50枚、これらに加えて、共同担当の3科目(受講者数は十数名から二百数十名)の数十枚のレポートを読むことになる。私の責任で単位認定まで行う科目については、レポートの採点を行い、ミニッツペーパーを再読し、ポータルでの意見書き込み内容を確認する。年間で最も忙しい時期である。学生募集担当学長補佐をしていたとき、オープンキャンパスの準備と重なり、綱渡りのような採点・評価・転記作業を行ったことがあったが、単位認定に必要な厳格さは保てていなかった。どの教師にもいろいろな仕事が重なっていることと思うが、できれば、試験採点の時期はそれだけに集中したいものである。
振り返れば30年近く、毎年、年二回、これを続けてきたことになる。修羅場といえるが、大学教師の醍醐味を味わうときでもある。同一テーマの100枚を超す答案に向き合い、立ち上がってくる学生の思考結果に点数を付けていく。これでようやく授業が完結する。教育の成果を実感できる。グループワークやプレゼンで優れた意見を述べていた学生が、期待通りのあるいは期待以上のレポートを書いてくれていたりすると、自分が成長したかのように嬉しくなる。一人ひとりについて、レポートと15枚のミニッツペーパーを綴り終わると、学生たちと一緒にここまで来た達成感がある。これがあるから授業担当は楽しいし、次はどんな内容でどんな方法で授業をしようかと休暇中に考えることになるのである。
さて、秋入学をめぐる議論で注目されているのが、学期制である。例えば4学期制にすれば、学生たちは留学しやすくなると言われる。学習意欲の観点からは、ある科目を学んでいる時に別の関連科目も受けたくなったとして、2学期制ならば半年近く待たねばならないが、4学期制ならそれほど待たずに受講できるメリットがあるとされる。そして、それに併せて週二回授業をすれば、濃密な内容で、授業理解度も進むと予想される。
 私は一度だけ、学科の都合で、週二回授業(7.5週、2単位)を担当したことがある。授業冒頭の復習にあてる時間が少なくて済むというメリットがあったが、教える立場からすれば、すぐに次の回がやってきて、授業内容の吟味時間が十分にとれなかったという苦い記憶がある。慣れればあまり問題にはならないかも知れないが、授業材料を<今週の国会の審議では・・・><三日前の医療裁判の報道では・・・>などと、できるだけ新鮮なインパクトのあるものを選んでという科目にあっては、いわば旬の材料を仕込む時間が不足することは、できれば避けたいところである。
 一方、通年開講科目にもメリットがある。かつて2年間、母校の中央大学に、法思想史(通年4単位)の授業担当のために通ったことがある。金沢から八王子まで毎週の移動はきついので、隔週土曜日の午前に2コマ連続担当するというものであった。このとき、読んでほしい原典を含む書物を気兼ねなく課題として示すことができた。夏休みを含めての授業設計である。これに対して、現在、本学で法学類の専門科目で後期に開講している法思想史(2単位)では、書物をじっくり読ませる時間を設けにくい。そして、今からすれば、通年科目の場合に味わった、一年一緒に授業をやってきたという学生達と共有できた達成感は、貴重なものだったといえる。
 私の経験だけしか紹介できなかったが、入学時期に併せて検討される可能性のある学期制について、各専門分野でのカリキュラムや科目特性も考えた議論が必要なのではないかと思われる。また、あくまでも、学生の学習意欲・授業理解度向上という、教育改善の目的を忘れてはならないが、旧来からの慣行を大きく変える新制度の導入を行うためには、担当教員の授業担当モチベーションも考慮すべきという一例と考えられよう。四学期について、年四回も試験やレポートがあるという受け取り方をする学生がいるであろうが、同じように、年四回も試験採点やレポート評価をし、その度に授業内容や授業方法について振り返ることになるという教員もいることになる。
 入学の時期に関する議論がもたらすのは、これまでの教育成果についての検証であり、FDの効果の確認であり、なにより、授業とは何か、大学とは何かという、根本からの考察の必要性へ再認識である。じっくりと取り組むだけの価値のある課題である。
(文責:教育支援システム研究部門 青野 透)