【No.364】
ブレンディッド・ラーニング事始め その2-薬学専門科目における実践-

○●○ブレンディッド・ラーニング事始め その2-薬学専門科目における実践-○●○
 7月22日と23日に広島国際会議場で開催された第43回日本医学教育学会大会に参加し、「生命・医療倫理」授業におけるポータル活用による学生参加型授業と学習動機付け-ブレンディッド型学習-」と題して報告する機会を得た。抄録本文は次のとおりである。
<目的:医学教育の全てで学生参加型授業を行うことが求められている。この趣旨にもとづき、第39回大会でミニッツペーパー活用例、第41回大会でクリッカー活用例、42回大会では時間外学習のためのポータル活用例を報告した。今回はポータルを単位認定のレポートにまで至る学生参加型授業の重要な手段として活用した試みを紹介する。方法:2010年度金沢大学薬学部専門科目『生命・医療倫理』(1単位、受講生77名)でポータルを活用し、掲示板に記載された受講生の意見を授業で紹介することを行った。「薬と毒の定義は?」など受講生が提起したテーマについてポータル掲示板で意見交換を促した。レポート課題として、「第3回ミニッツペーパー回答より クローン人間について」を熟読し、他の受講生の意見の中から、最も参考になった意見を紹介し、その理由を200字~300字程度で記しなさい」などの課題を与えた。結果:7回の授業のポータルアクセスは合計1557回(最多65回)となった。レポート課題において、11名が引用対象となり、22名の受講生から引用された意見もあった。結論:賛否の分かれる生命倫理・医療倫理の諸問題について、クリッカーで回答し、その理由を考え、ミニッツペーパーで自己の見解表明や質問提出を試み、ポータル掲示板で受講生相互の意見交換により考察を深め、最終的にはレポート課題により、他の受講生の見解から自らの意見形成にインパクトの大きい意見を理由と共に選び出した。倫理は多様な意見の交換からしか形成できないし、学ぶこともできない。適切な授業設計のなかで、ポータル活用により学生を学習主体として育てることを通じて、学習動機付けを高め、医療をめぐる倫理問題への思考を深めるという授業目的を達成するために、単位認定用課題レポートの出し方を工夫することなどに努めれば、一定の効果があると判断出来た。>
 なぜ、ブレンディッド・ラーニングなのか。従来型の授業方法で十分教育目的が達成できる科目に、中央教育審議会答申『学士課程教育の構築に向けて』(平成20年12月24日)が推奨する、「教室の講義とeラーニングによる自習の組み合わせ,講義とインターネット上でのグループワークの組合せ(いわゆるブレンディッド型学習)の導入」は不要である。私がポータル上でのグループワークや意見交換を授業に組み込むのは、そうすれば受講生が、当該科目の学習目標を目指してより効果的に学ぶことができると判断するからである。
『生命・医療倫理』は、シラバス(公開)で「新聞報道に見られる医療・生命倫理に関連する具体的考察材料を提示し、それをもとに受講生が、自分で考え、考察結果をミニッツペーパーやポータル会議室やレポートによって発表することでその考えをさらに深めるという作業を主体的に行う」ことを通じて「学士力(学士課程卒業時に求められる能力等)の根幹部分をなす、情報リテラシー(情報通信技術(ICT)を用いて,多様な情報を収集・分析して適正に判断し,モラルに則って効果的に活用することができる)、論理的思考力(情報や知識を複眼的,論理的に分析し,表現できる)、および問題解決力(問題を発見し,解決に必要な情報を収集・分析・整理し,その問題を確実に解決できる)、倫理観(自己の良心と社会の規範やルールに従って行動)、および市民としての社会的責任(社会の一員としての意識を持ち,義務と権利を適正に行使しつつ,社会の発展のために積極的に関与できる)」を身に着けさせることを掲げている。
大層な目標である。授業目標を達成するには7.5回の授業回数はあまりにも少ない。課題図書を読ませてレポートを提出させる試みを以前から行ってきたが、学習過程を確認することはそれでは困難である。15回授業であれば、授業でもポータルでもグループワークが可能だが、この授業では授業期間が短い。そこでポータル会議室での意見交換となったわけである。
 高校での倫理の授業は、知識を覚えることに終始するのかもしれない。だが、医療従事者となる学生たちを対象とした生命・医療倫理の授業は、既存の理論を参考にしながら、多様な意見の交換から、自分の考えを捉えなおし、現場での実践を想像しつつ自らの倫理観を形成することの重要性を認識することに主眼がある。中絶、ヒト・クローン、臓器移植、尊厳死・・・そのいずれについても、同世代の受講生たちがどのように考えているのか、賛成意見であってもどのように理由が多様であるのか、ポータルの会議室のやりとりから、受講生は多くを学ぶことになる。授業時間中のクリッカーやミニッツペーパーとは違って、書き込むまでに熟慮の時間がある。ネット上で関連論文や詳しいデータを読むこともできる。匿名ではなく、顔見知りの同じ学年・学類の仲間が読むものだから、愚かなことは書けないし、何も書かないでいると他人の意見を読まされるだけになる(小学校や中学校の教室で、手を挙げて間違った回答をしたり、逆に手を挙げそこなって同級生に先に正解を言われた、そんな苦い経験は誰にもあるだろう)。
 昨年度のレポートでは、11名の意見が引用され、77名中22名に最も強い影響力を与えたとされる意見もあった。結論の是非ではない。公開でのいわゆる衆議がいかに大事かということである。薬学専門科目であるため、薬害について90分使って授業をする。日本の悲惨な、繰り返される薬害の歴史は、薬剤に携わる人たちが本来持つべき専門性の中に、徹底した患者中心の考えを組み込もうとしなかった薬学教育における欠陥を示唆するものである。たった1単位の、しかも受講生からすれば仕事をするようになっても直接役立たないであろう科目に、予習や復習の時間をとることはほとんど期待できない。それでも、学生たちは、興味あるテーマであれば、真夜中のポータル会議室で書き込みを繰り返すのである。書き込みを観察していると、自分たちがやがてその職に就く医療従事者の立場からの意見書き込みが、いつのまにか、非専門家でしかない患者の視点、当事者の立場からの意見にとって代わることが起きたりする。それを授業で紹介し、称えるのが私の役目である。そして、多くの支持を得た意見を書き込んだ受講生には、単位認定においてもご褒美を与える。(ちなみに、薬学類から求められる厳格な成績評価の根拠資料は、私の場合、ほとんどがポータルにある。教務委員の目からも一目瞭然である。)
 本学は幸いにポータルが整備され、学生の授業参加機会は教室だけであるという状況にはない。もちろん学生には得手不得手があり、会議室での書き込みに最初は馴れない学生もいる。だが、私は担当する1年生の共通教育科目の全てで、ポータル会議室のフル活用を行っている。学生たちのほとんどは責任をもって書き込みによる授業参加する役割を受け入れてくれる。習慣になれば会議室は楽しいものである。ポータルを教室での学びに直結させ、授業時間にこだわらず、学生たちの学びの主体としての意識づけ、学習動機づけを試み続けることで、新しい空間での新しい学びが着実に成果をもたらすものと考える。 (文責:教育支援システム研究部門 青野 透)