【No.354】
アクティブ・ラーニング事始めその3-『脳からみた学習』から始める科学的FD(5月16日)

○●○アクティブ・ラーニング事始め その3-『脳からみた学習』から始める科学的FD-○●○
 アクティブ・ラーニングについて、中央教育審議会大学分科会「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」(平成20年3月25日)は、「伝統的な教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学習者の能動的な学習への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学習者が能動的に学ぶことによって、後で学んだ情報を思い出しやすい、あるいは異なる文脈でもその情報を使いこなしやすいという理由から用いられる教授法。発見学習、問題解決学習、経験学習、調査学習などが含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークなどを行うことでも取り入れられる」と定義している。
例えば、学生たちがグループ・ワークで学んだことは、後で異なる文脈でもそれを使いこなしやすいことについて、日々の多くの授業実践の中で疑いのない事実だと実感している大学教員も多いだろう。実際に授業設計に活かしている場合もあろう。だが、経験則上そうなのだ、でいいのだろうか。
大学設置基準が義務づけている「授業内容・方法の改善のための組織的な研修と研究」における「研究」推進のためには、日々の授業実践に即した考察が不可欠であるのと同時に、その考察から導かれた結論を根拠付ける科学性の追求が求められるのではないだろうか。研修型FDにおいても、科学的合理性抜きでは、一方的な講演会となんら変わらないことになってしまう。
私は、授業研究・FDに科学性を求めることが可能な時代に入っていると考えている。その重要な証左として紹介したいのは、脳神経科学と教育学の国際的な共同研究の成果である。
「実際に必要とするよりもはるかに多くのシナプスが存在し、その余分なシナプスが時の経過と共に除去される。情報を受け取る側のニューロンの表面にある受容体の数などにより、ニューロン間の情報伝達力は調節される。情報伝達手段として利用されない結合は除去または弱化され、頻繁に利用される結合は強化されてさらに効率的で強固な情報伝達手段となる。学習は新しいシナプスの形成、あるいは既存のシナプスの強化や弱化、除去を通して達成される。前者は幼年期および青年期に、後者は成人期に顕著である。」
昨年12月、明石書店より出版されたOECD教育研究革新センター編著(小泉英明監修、小山麻紀・ 徳永優子訳)『脳からみた学習-新しい学習科学の誕生』からの引用である。
OECD教育研究革新センターは、加盟国の教育政策の立案に資することを目的とし、1967年に設置された。高等教育の国境を超えた質の保証を確保する観点から、UNESCOと共同事業として世界共通のガイドラインを作成するなどの作業を行ってきた。同時に、国際的共同研究の場として、中長期的な観点から、学習科学と脳研究の教育への応用に関する研究に力を入れてきた。『脳からみた学習-新しい学習科学の誕生』は、効果的なカリキュラムの策定、指導方法、個人の学習活動など教育分野への脳科学の成果応用に関して、2007年に刊行された同センターによる報告書の全訳である。
最新の脳画像技術と神経科学における進歩により、脳が人間の誕生から老年期までのあらゆる人生の段階でどのように発達し機能するか、そして読み書きや算数などの技能の習得にどのように関わっているのか、といった点について解明が進んでいることを踏まえ、<教育者と神経科学者それぞれが、我々はいつ、どのように学習するかということについて、その究明に貢献できるよう、双方の対話を促すこと>を目的の一つに掲げた書である。
さて、この書では、3歳児神話(「脳に関して重要なことすべては3歳までに決まってしまう」)をはじめとする俗説「神経神話」の払拭をその狙いとしている。とりわけ幼少期についての脳科学の言説がつまみ食いされる一方で、高等教育や生涯教育については、その成果が語られることがほとんどなかった。
 したがって、われわれにとって特に新鮮なのは、「第3節 生涯を通じて脳はどのように学習するか」のうちの「3.3 青年期(およそ10~20歳).」であり、「論文B 青年期の脳と学習」の「第2節 脳の発達について知る――脳とは何か  2.1 ミクロレベルでの脳の発達  2.2 マクロレベルでの脳の発達」であり、そして、「第3節 脳は経験が彫り込む彫刻である」の「3.5 青年の脳と青年期における行動の変化  3.6 脳科学による成果とそれが示唆するもの 第4節 青年期の学習理論とライフコース  4.1 青年期の教育と学習への示唆」である。
私はこの書について、『日経サイエンス』の本年6月号に「生徒たち・学生たちの頭の中で起きていること」と題してこの本の書評を掲載した。同誌では、この数年、『社会生物学論争史-誰もが真理を擁護していた-』(ウリカ・セーゲルストローレ著、垂水雄二訳、みすず書房)、『ロボトミスト 3400回ロボトミー手術を行った医師の栄光と失墜』(ジャック エル=ハイ著、岩坂彰訳、武田ランダムハウスジャパン)などの書評の執筆を担当してきた。編集部とのやりとりの中で、他の分野の研究成果を意欲的に取り入れようとする科学者たちの研究者マインドに訴えかける書物の選び方、そして書評の書き方について学ぶところが多かった。今回、書評のタイトルを上記のようにしたのは、中等教育・高等教育の教員たちこそに脳科学の先端研究に向き合ってほしい、それを理解したら、実際の授業で教育方法の改善のためにどう活かすべきかあるいは、活かすことができるかを、専門分野の別無く、考えて欲しいと思ったからである。
脳神経科学の研究成果そのものへの評価も大事である。その上で、脳神経科学の現在の成果を一つの起点として、授業研究に科学性を求めることが可能な時代に入っていると私が思うのは、こうした書物の出版があればこそである。この書には「第6節 論文を読んで――教育現場からの声 6.1 教えるということを再考する 6.2 学校教育の新たな目標と教員の新たな使命」という貴重な報告もある。翻訳によって、これら実践報告を含めた、貴重な研究成果の共有が可能となっているのである。
 大学設置基準は「授業内容・方法の改善のための研究」を義務づけている。我々はどのような専門分野の研究であろうと、専門分野の枠を超えた研究協力、共同研究が必要なことを知っている。大学における授業研究もしかりである。中央教育審議会『学士課程教育の構築に向けて(答申)』(平成20年12月24日)は「第1 章グローバル化、ユニバーサル段階等をめぐる認識と改革の方向」から始まっている。FDも、「高等教育における国際競争が一層激化している状況において、我が国の高等教育が、国際的に活躍できる人材を育成・輩出していくためには、大学の提供する教育が世界に通用する魅力的なものでなければならない」(文部科学省『大学教育のグローバル化を目指した当面の施策の検討事項』、平成19年12月10日)ことを意識する必要がある。
日本の高等教育機関の授業内容・授業方法が国際水準に合致したものであるというためには、脳科学の成果にも正面から向き合わねばならないことは明らかではないだろうか。脳科学を含め、諸分野の知見を総合した科学的FDの追求の試みが、教育の質保証の観点からも必至であると考える。
(文責:教育支援システム研究部門 青野 透)