【No.579】
ファカルティ・ディベロップメントを超えて(その7 最終回):探究者の共同体としての大学教育の未来を創発するには

○●○ ファカルティ・ディベロップメントを超えて(その7 最終回):探究者の共同体としての大学教育の未来を創発するには ○●○

 科学を研究教育することと音楽芸術には、似ているところがある。科学者は研究成果を論文として投稿し、教師は学術知(教科書)を解釈して学生に伝える。一方、作曲家は作品を楽譜に記し、演奏家は楽譜を解釈し演奏して聴衆に伝える。教室における学生とコンサートホールにおける聴衆には、科学あるいは芸術を読み(聴き)解く素養は必要であり、研究者と芸術家には理論を理解し解釈して伝える技術が求められる。

 このアナロジーは、音楽を演奏するように科学を演奏し、市民に理解と共感されたレイチェル・カーソンの姿勢(多田満「レイチェル・カーソンはこう考えた」[1])から引いている。やや異なるのは、大学においては科学者と教師が一致していて、作曲家が自作品の演奏をする(あるいは、優れた創作力を持つ音楽家が他人の作品を演奏する)ことに相当する。そして、学生はただ演奏を聴くのではなく、実際に手を動かして科学をノートの上に再現したり、試薬をもって追試・実験を行ったりする。演奏技術が伴わずかつ独り善がりで聴衆に寄り添わない演奏は、聴衆にとっては聴くに堪えないものであり、パッシブな学びを生む状況に似ているかもしれない[2]。音楽と同様に、科学の教育は、教室という舞台装置で演奏される学術知が、教師と学生の信頼と共感のもとで伝えられ共有され、その瞬間その場で発見されたかのような驚きに魂が揺さぶられることで、探究に至る。教師は、むしろ指揮者として学生というオーケストラを探究に誘うガイド役になることもある。授業中の学生の発達段階に応じて、伝達者・指導者から伴奏(走)者・指揮者まで役割を多彩に変えながら、共同作業として学びを編んでいく。再び強調したいのは、大学教師が科学者でもあるという2つの顔の重要性であり、ここにアクティブな学びへのヒントがある。

 

教員相互がパートナーとなる実践共同体(Communities of Practice)の形成へ

 2月8日タフツ大学Center for the Enhancement of Leaning and Teaching (CELT)のDonna M. Qualtersセンター長とAnnie Soisson副センター長による講演「タフツ大学CELTのFD活動」では、教員の学習コミュニティを形成することの重要性が度々強調された。研修プログラムの提供は、授業技術の向上や授業設計の手法習得を通過点として、実践共同体を形成することに向かっていた。例えば、コース・デザイン・インスティテュート研修では、授業に求められる結果から評価方法、学習活動と指導内容をつくるという「逆向き設計」を学び、コースマップ(授業計画)作成する4日間の実践型ワークショップの中に、参加者相互のピア・レビューが埋め込まれている。その成果は、「他の教員と話して、別の分野からの見解を得たことはとても素晴らしかった」という感想に端的に表れている。ゴールに向けて対話と協同のプロセスを取る構造自体が、アクティブ・ラーニング型授業の形式を取っていることは、示唆的である。なお、昨年度から実施されているFDリーダー研修、AP事業に関連する各学類におけるFD研修も短時間ではあるが類似の形式で、授業の振り返りから相互評価することで教員の学習コミュニティの形成を目指している。こうしたボトムアップの授業開発は、学生に対する高度TA研修・ALA研修へも拡がっている。他者との活動の参与(Engagement)が探究の学びを促すことは学習理論に裏づけられており、実践共同体の形成とは、組織を人と見立て組織自体が学習することに他ならない。

 

ファカルティ・ディベロップメントを超えて

 筆者は、大学教育開発を専門とする教育開発者(Educational Developer)である。本センターに着任してからの3年間、FD・SD研修の企画・講師を主業務にして、学内外合わせて約90講演を数えた。大学・短大にとどまらず、高校教員向け研修も急増している。2月14日には大学コンソーシアム石川、大学情報・期間調査研究集会(MJIR)[3]の共催による初めてのIR実務担当教職員ワークショップを企画し、カバーする領域は授業運営と学生支援から大学経営支援にまで射程が拡がってきた。学修・教育を支える教員と職員の専門性と組織開発:専門性開発(Professional Development)と組織開発(Organization Development)への転化が求められる。

 クリッカーを携えて、模造紙・マーカーを抱えて、なぜこんなにもワークショップにまわっているのだろうか?と、たまに自問自答する。そして、しばしば、各地の大学と学部・学科の多様さに目が眩む。こんなにも、日本の大学は様々で、教員・職員・学生には個性があって、建学の理念も学問分野の特徴も地域性も無数であるのか。そうしていると、私には、人に会いに行き、その物語を訊くという役割があるのではないか、と感じるようになった。各地の豊かな教育実践を対話によってつなげる媒介者であり触媒装置となり、大学と大学が結ばれ、教師と学生が結ばれ、ローカルとローカルがつながる大きなコミュニティが形成される先に大学の未来が見えるような気がするのである。未来は、やって来るものではなく、つくるもの。ただ期待するだけでも、それを誰かに委ねても生成されはしない。言葉に発し、行動することの積層の結果が現在であり、未来となる。ファカルティ・ディベロップメントの先に、人と人、コミュニティとコミュニティが結ばれる豊かな語りの場[4]を醸成したい。

大学教育は、教室という劇場で上演される芸術に例えられるが、音楽がそうであるように、即時性(リアルタイム)と即興性(インプロビゼーション)が求められる時間芸術でもある。科学の教育と芸術の精神は、意外と近いところにある。探究者・研究者としての大学教師が、授業を通じて学生の人生に触れ、それが社会をかたちづくる起点となって未来が創られるのである。

(文責 教育支援システム研究部門 杉森公一)

 

●○● 大学教育再生加速プログラム 第3回アクティブ・ラーニングFD研修会 ●○●

テーマ:アクティブ・ラーニング によって 学生 は 力 をつけているか

主催:大学教育再生加速プログラム(AP)検討委員会 対象:金沢大学教職員(要事前申込)

日時:平成28年2月29日(月)16:00〜17:00 場所:自然科学大講義棟1階 大講義室A

 4名の外部評価委員をお迎えし,本事業で推進する3施策に関連した幅広い視点からの議論を行います。申込締切 2月24日(水)kyomu@adm.kanazawa-u.ac.jpまで



[1]多田満「レイチェル・カーソンはこう考えた」ちくまプリマー新書、2015、p.155-

[2]Scott Freeman et al. “Active learning increases student performance in science, engineering, and mathematics”, Proc. Acad. Natl. Acad. Sci., 111, 8410-8415 (2014) に、225研究の試験得点と脱落率のメタアナリシスによるSTEM領域でのアクティブラーニングの効果検証が報告されている。

[3]http://mjir.info/ ワークショップでは、「大学の国際化」「文系学部の実力」をテーマに、全国各地からIR実務担当教職員を迎えて活発な討論が行われた。2016年度集会は、7月中旬に熊本市国際交流会館での開催を予定している。

[4]シカゴ大学総長であったロバート・ハッチンズ(Robert Maynard Hutchins, 1899-1977)は、ラーニング・ソサエティとしての大学像に、「会話」「討議」をもたらした。『教育は真理を目指す会話である』、松浦良充「「知的コミュニティ」としての大学はどのようにして可能になるのか」近代教育フォーラム22、p.1-17 (2013)を参照。この構図は、教職員の学びにも通じる。