【No.557】
共通教育ゼミ科目の実践報告

●○●共通教育ゼミ科目の実践報告●○●

金沢大学<グローバル>スタンダード(KUGS)に沿った共通教育GS(グローバルスタンダード)科目の開発が本格化しつつある。このGS科目30科目が共有する教育方法はアクティブ・ラーニングである。それは、KUGSとして定める国際通用性を持った5つの能力の滋養を考えるとき必然的に行き着く方法であろう。このことは「考え方の基礎学」[1]を理念とする伝統的なリベラル・アーツ教育への回帰と言い換えることができる。教員と学生、学生と学生とが向き合い、他者の論証の妥当性を評価し、そこから疑問が生まれ、独自の反論や異論を組み立てることから探究すべき問題や課題を見出し、それらの解についての仮説を立てる、この一連の批判的思考プロセスを通して「考え方の基礎学」を習得させるとともに、他者との対比に基づいて自己確立を促そうとするリベラル・アーツ教育の理念[2,3]を授業として体現できるかどうか、GS科目の成否はこの点にかかっている。

筆者は、GS科目「細胞・分子生物学」「科学技術と科学方法論」の担当を予定しており、講義内容に基づいた討議を一部導入する授業を一つのモデルとして検討することは上記の観点から取り組むべき課題と考えている。7~8週の講義内容をいかに絞り込むか、各GS科目で作成される教科書を具体的にどのような方法で講義内容の補填の実質化に活用させるか、各GS科目のシラバス・教科書作成グループで検討されつつある。講義に連結する討議を一部導入するためには、講義と教科書の知識に基づいて討議する「解が明確ではない優れた問い」をデザインできるか、討議のための授業外での準備を学生にいかに行わせるか、検討する必要がある。共通教育科目には多くのゼミナール科目があり、蓄積されてきた授業デザインの共有と活用が今求められる。

 筆者は、現在までに「学習目標」を問題発見能力、仮説形成能力、仮説検証立案能力とする一連の共通教育ゼミナール科目において授業実践を行ってきた。今年度前期も試行錯誤で授業を行ったので、その一端について以下に報告する。「ゼミ/論理的思考と科学リテラシー」は共通教育特設プログラム「キャリアディベロップメント」の開設に合わせて開講した科目で、議論の中から疑問を拾い上げて探求すべき問題を明確にしようとする。今年度の受講生は理系学類のみの9名で、まず、自然現象について不思議に思うこと、疑問に思うことを、どんな幼稚な素朴なものでよいのでウェブ上の情報の横流しではなく、現在持っている知識だけから出すよう促した。2回の全員での議論の結果、「毒キノコの捕食者に対する毒性発現に遅延性がある場合が知られているがそれは何故か」「生物の形態や臓器の対称性になにか意味はあるのか」などの疑問を取り上げることにした。ほとんどの受講生は生物未履修者であったがむしろ都合がよいと考えた。毒性発現の遅延性については、捕食者が長距離を移動する時間的余裕を与えることが、キノコの生息域の拡大につながるのではないかとの仮説に落ち着いたが、キノコ毒の分子構造や作用点などの情報を集める過程で、昆虫などには毒性を発揮せず胞子の移動に昆虫を活用する何らかの共生関係があるのではないか、進化の過程でたまたま哺乳類などに毒性を発現するようになっただけでもともとは別の機能を持っていたのではないか、毒キノコと毒を持たないキノコは進化上なぜ分岐したのかといった新たな疑問が出てきた。「生物の形態や臓器の対称性になにか意味はあるのか」という疑問との関連も指摘され、議論した結果、「生物進化」について基本を理解することになった。ごく基本的な内容について教科書のコピーを配布し事前に理解した上で議論を継続し、設定した問題は「遺伝子変異はランダムに起こるのか、結果としての変異遺伝子から外部環境に適応するものが自然選択されるという進化論は本当か、生物の意思や何か未知の機構で適応的な遺伝子変異が選択的に起こることはないのか」である。この問題以降は、2班に分かれて情報検索や議論を行うことにした。一方の班では、キリンの首が長くなったのはキリンが首を伸ばしてえさを獲得しようとする意思が関係するのではないかとの仮説から議論が始まった。もしそうなら分子レベルでのもっともらしいメカニズムを考える必要があるのではないかと助言した。この班では同時に、親が経験した恐怖を感じる特性が子供に遺伝するというネット上での情報を見つけており、恐怖や意思に関係した脳内物質が分泌され卵子や精子の遺伝子の変異が起こり子孫に受け継がれるとの仮説に至った。これは論理の飛躍の瞬間であり、そのような事例があるかどうかすぐにでも調べるべきとほめた。この班は、恐怖に結びつけられた匂いをラットにかがせたときの特定の遺伝子の塩基の修飾についての論文を見つけ出したが、その概要および関連する論文(恐怖などのストレスや親の子への愛情行為によって遺伝子の塩基配列の変化ではなくメチル化などの塩基修飾が起こり、これが世代間に受け継がれることを示した研究論文)の概要の筆者による説明をもって一応のまとめとした。もう一方の班は別の道筋を辿った。進化の系統樹を眺めると分岐が激しく起こる時期と分岐が起こらない時期があること自体、遺伝子変異がランダムに起こらないことを示しているのではないかとの考えに至ったが、化石から分岐が起こらなかった時期の遺伝子変異の程度を知ることはできないとの結論になった。筆者は進化実験というキーワードを知っていたので、実験できないのかと問うてみた。即座に、世代交代が速い大腸菌を使ったらどうかという返事が返ってきたことに驚いた。「進化、実験、大腸菌」のキーワードによる検索でいくつかの研究論文がでてきたが、エタノール存在下など大腸菌にとってのストレス環境への適応過程に伴う遺伝子変異の程度の時間変化を調べた研究の結果が、遺伝子変異がごく限定的にしか起こらない場合があることを示していることを筆者が説明して一応のまとめとした。以上を14週までに終え、15週目の2人ペアでの議論を踏まえて16週の口頭発表(テーマは、上記に示した『「生物の形態や臓器の対称性になにか意味はあるのか」という疑問の本質の明確化、この疑問からの新たな疑問の派生、疑問に対する仮説を根拠とともに提案する』)を、この原稿を書いている本日に予定している。受講生には、例えば学習目標「問題発見力」については、最初の疑問から論理の積み上げによってできるだけ飛躍した問題を設定することが最高ランクの問題発見力があることを示す証拠となることを事前に伝えた。このような成績評価基準が妥当かどうかは意見が分かれるところかもしれない。どのような発表が行われるのか楽しみである。

 以上、今年度前期の授業の一つについてかなり詳細に報告させていただいた。なお、付け加えると、今回2班の議論に授業後半はかけもちで加わったが、50名のクラス規模のGS科目で討議を一部導入するためには、論点の適時の整理、ストーリーを念頭においたキーワード(ヒント)の投入などができる博士後期課程のTAが1クラスあたり2名は必要と思われる。繰り返しになるが、現在行われている各GS科目の開発においては、これまでに蓄積されてきた多くの教員の実践が共有され活用されることが強く望まれる。

                         (文責 大学教育研究開発部門 西山宣昭)

 

[1]武村秀雄「新制大学の展開とそのカリキュラム」『大学カリキュラムの再構成―これからの学士教育』玉川大学出版部、1997年.

[2]絹川正吉「初年次・キャリア教育と学士課程」大学教育学会誌 第28巻第1号、2006年.

[3]西山宣昭「初年次教育とリベラル・アーツ教育」週刊教育資料 No.1208、2012年.