【No.539】
障害学生への合理的配慮を考える-最終回 教育とは学生を支援することである-

○●○障害学生への合理的配慮を考える-最終回 教育とは学生を支援することである-○●○

 本学を3月末で去ることとなった。3月5日には、最終講演会「今、学生のためにできること-教育・研究と学生支援―」と題して当センター主催で開いていただいた。いわゆる最終講義は、授業内容の未熟さに加えて恥の上塗りをしてしまうことから不可能であった。けれども、これまで本学の教員・職員の方々の前で、数多くの研修会講師を担当させていただいたことから、講演会であればということで引き受けさせていただいた。

 私の当センターでの活動は、この週刊センターニュースを5週もしくは4週に一回執筆すること、および、毎週木曜日開催の共同学習会(2009年3月の261回で終了し、その後は、FD研究会等に引き継がれている)を企画し自らも報告することが、基本的なサイクルであった。執筆内容を考えたり、企画や口頭報告内容を考えるために、関連書籍を読み、まったく素人であった高等教育研究に関する諸々の学会やセミナーに参加し、質問することが必須となった。アウトプットの場がすぐに来るから、インプットをせざるを得なかったのである。学外の主たるインプットとアウトプットの場が大学教育学会http://daigakukyoiku-gakkai.org/になり、既に10年以上が経った。

さて、週刊ニュースは第3号http://herd.w3.kanazawa-u.ac.jp/news/pdf/centernewsNo.003.pdf(2004年3月29日発行)における「愛媛大学農学部附属農業高等学校を訪問調査して-高大連携を考える その1-」の執筆から始まった。学内共同教育研究施設である当センターが、専任教員だけでも1000名近くの金沢大学の教育改革・授業改善についてアイデアを出し、ときには推進役ともなるためには、単独では何もできない。学内・学外との連携が不可欠である。他の教員、職員と一緒に仕事をするのがこのセンターであり、この組織が平成15年4月に文部科学省令によって設置されたのは、こうした組織が存在しないと金沢大学の教育改革ができないと判断されたからである。センターとは連携のことであり、連携をしていれば成果は自ずと得られるものである。

それでは、大学教職員が一緒になって、どこに向かっての教育改革をしようというのか、答えは一つである。学生のためである。

私が担当した最初の共同学習会は、http://herd.w3.kanazawa-u.ac.jp/research/society/2004/、2004年4月22日開催の第14回である。「ミニッツペーパーについて」と題し趣旨に「授業が始まり、各教員の授業改善の取組が行われていると思われる。(1)受講生との応答関係の確立、(2)毎回の授業ごとでの授業評価そして授業改善、という二つの目的をもった、ミニッツペーパーの使用を紹介する。なお、この報告は、本年3月1日に開催された第一回金沢大学教育セミナーでの報告とその内容が重なるが、同セミナーにご参加いただけなかった方、さらには新任教員で授業法改善に模索されている方などを主たる参加者と考えている」とある。授業方法の改善提案である。その次の報告担当が、同年5月31日開催の第20回「聴覚障害者に対する大学における支援について-第一回 他大学の例を中心に-」であり、障害学生支援に関してであった。私はセンター教員として当初から、授業方法の改善と、学生支援の内容と方法の改善について、各種情報を集め学内教職員に提供することを行ってきた。

その活動をしながら私自身は何を得たのか。結果的には、自らが授業内容における人権教育を、教室で行うだけでなく、「なんでも相談室」などの学生支援の現場で試行錯誤しながら実践することの意義の自覚であった。

これが、最終講演会にて強調させていただいたことであった。

教養部の憲法担当の教員として採用されて以来、27年間、日本国憲法概説だけでも、300名~500名の学生を教え続けてきた。憲法の基本的原理としての「基本的人権の尊重」を中心に、学生たちの認識変容、行動変容のための人権教育を行ってきた。それは、この国の憲法担当教員として当たり前である。

それに加えて、私はあるときから、学生支援、障害学生支援を担当するようになった。そこで初めて、憲法が実践のための学問になったのである。

日本国憲法が保障しているとおり、教育を受ける権利は全ての人にある。具体的には、相談室の目の前の一人の学生のためにも、200名以上が受講している教室の隅っこの学生のためにも、私は権利保障のために行動しなければならない、ということが分かったのが、なんと10年ほど前の、聴覚障害学生との出会いにおいてであった。

日本医事法学会や日本法医学会や日本移植学会などで、医療者に向かって、患者のための人権保障を訴えていた時とは異なり、私自らが実践者とならなければ、教育を受ける権利を全ての人になどという資格はない・・・ということに気づいたのである。

高等教育は誰にためにあるのか。学生のためにある。教育内容について研究するのも学生のためである。どんな学生を思い浮かべて授業内容授業方法を考えるのか。その多様性こそが要である。

私自身のような大学生を思い浮かべることしかできなかったのが、大学教員生活が始まったころの私であった。その後、1年生のゼミ(気づけば、必修ではないゼミを年間7コマも開設していた)で、いろいろな学生と議論するうちに、少しずつ、いろんな考えの学生がいることを実感できるようになった。やがて、なんでも相談室で、その場限りの出会いの中で、場合によってはこちらの想像を超えるような悩みを抱えた学生たちに、教室やゼミ室では見せないけれど、どの学生もいろいろな事情と問題があって、この大学に居るんだと教わった。

そして、決定的だったのが、聴覚障害学生との出会いであった。情報保障のない初等教育・中等教育では得られなかった経験を、この学生にこそ味わってほしい。大学教員たちによる、学習指導要領などにしばられない自由な授業内容が、どれほどインタレスティングなものかを実感してほしい、そのためには、確実な情報保障をしなければならない・・・。高等教育は障害学生のためにこそある。これまで障害学生の存在抜きで大学が存在し続けたことに懐疑の目を向ければ、そのことは、疑えない真実としてある。不都合な真実に向き合うことができない大学は、学問の本質を語ることすらできないはずである。

大学の存在価値の再吟味をするようになったのは、遅すぎたかもしれないが、だからこそ、私をここまで教え育ててくれた金沢大学の学生たち、一緒に仕事をさせてもらった教職員の皆さんに感謝し、その上で、4月から新たな職場となる徳島文理大学で、新しい学生たちに、人権を説き続け、実践を続けることを誓って、センターニュースの私の担当を終えさせていただくこととする。

今までお読みいただいたことに感謝します。(文責:教育支援システム研究部門 青野 透)