【No.514】
障害学生への合理的配慮を考える-再読「障害者差別解消法」-

○●○障害学生への合理的配慮を考える-再読「障害者差別解消法」-○●○

 人権とは無条件である。基本的には何かをしなければ手に入れることができない権利との違いである。・・・このような言葉で始める人権教育を大学で行って30年ほどになる。女性の権利、子どもの権利、障害者の権利という言い方は、女性や子どもや障害者であるという制約により、人権が実際には無条件には認められてこなかった歴史を踏まえてのことである。本当の意味の人権保障のためには、例えば、大学で教育を受ける権利が、聞こえる能力に応じてとか、見える能力に応じてではないという当たり前のことを、法的に確認する必要がある。

障害者差別解消法の成立は、私たち大学関係者に対し、高等教育において今、差別があることを認めることを求めている。その差別を無くしていくために、行政機関等(国公立大学等)や事業者(私立大学等)が法に従って行うべきことがたくさんある。条文を順に見ていこう。

法は、第2条で「障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」と「社会的障壁」を定義している。

その上で、まず、第5条で「行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない」と規定する。各大学等で、施設の改善・整備、職員研修を行う必要がある。

そして、第7条「行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。2 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。」とあり、第8条で、「事業者は・・・必要かつ合理的な配慮をするよう努めなければならない」となっていることから、国公立大学等は「必要かつ合理的な配慮」が法的義務であり、私立大学等は努力義務となる。

次に、第9条「第九条 国の行政機関の長及び独立行政法人等は、基本方針に即して、第七条に規定する事項に関し、当該国の行政機関及び独立行政法人等の職員が適切に対応するために必要な要領を定めるものとする。2 国の行政機関の長及び独立行政法人等は、国等職員対応要領を定めようとするときは、あらかじめ、障害者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」とある。国立大学の場合は、閣議決定される「基本方針」に従い、障害学生の意見を反映させる仕組みを経て、「職員対応要領」を作成しなければならない。公立大学の場合は、「職員対応要領」を同様に策定することになるが、障害学生の意見を反映することは努力義務にとどまっている。

ここまで、障害者差別解消法の最初の半分ほどを紹介した。大学等としては、当然のことながら、2016年4月1日に法が施行される前の現在の時点で、障害学生にとって障壁となると予想される「事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」について点検を行う必要がある。その際、大事なのは、在学中の障害学生の声を直接聞くことである。本人たちの意見や指摘によって、現在の大学における制度や慣行のうち、これまでの(障害学生への配慮を欠いていた)大学のことしか知らない教職員にとっては当然と思われてきたことについて、見直しを迫られることになる。

特に国立の大学等は、教職員の対応要領策定にあたって、「障害者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置」をとることが義務付けられていることを強調しておきたい。学生が学習主体であるという認識が、アクティブ・ラーニングの普及もあって、ようやく大学教育の常識になりつつある。その学生に障害の有無という条件は無い。そして、どの高等教育機関に所属する障害学生であっても、基本的に同様の合理的配慮を受ける権利がある。こうした観点から、特に国立の大学等は、他大学等の範となるべく、障害学生の意見、さらに学内外の障害学等の専門家の意見を聞きながら、対応要領を定め、合理的配慮を行う義務があることは特に重要である。

大事なのは、障壁となるかどうかの判断は「障害者」が行うという発想である。日本学生支援機構による障害学生支援についての毎年の調査結果を見れば明らかであるが、年々、各大学が行っている障害学生支援が多様になってきている。これは、障害学生の障害の多様化、そして個々の障害者のニーズの多様化を反映している。同一の障害種であっても、大学ごと、学部ごとで、障壁と感じられるものは違う。大学生活を送る上での障壁について、大学側が入学前に勝手に決めつけてはならない。入学後、あるいは学年進行のごとに、新たな障壁が待ち受けており、その都度、合理的配慮について、当該学生から申し出があることを予定しなければならないのである。

障害者差別解消法は、そもそも障害者権利条約の批准の前提条件となるものであった。この条約で最も注目されたのが、「合理的配慮」という概念を用い、その不履行が障害者差別にあたるとした点である。

その条文は、第2条 「「障害に基づく差別」とは、障害に基づくあらゆる区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のあらゆる分野において、他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を認識し、享有し、又は行使することを害し、又は妨げる目的又は効果を有するものをいう。障害に基づく差別には、あらゆる形態の差別(合理的配慮の否定を含む。)を含む。「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」となっている。

 下線部に注目してほしい。障害者の人権について認識すること(条約原文ではrecognition)を「害し又は妨げる効果を有するもの」も、「差別」となりうる。公的な学校としての大学がなすべきなのは、この障害者権利条約の批准、さらには、障害者差別解消法の施行を契機にして、より積極的に障害者の全ての人権について、学生たちに教育し、教職員に対して啓発することではないかと考える。障害者の高等教育を受ける権利行使を妨げる効果があること、障壁を除去するという後ろ向きの対応ではなく、障害者と共に生きることを前提とする社会づくりのために、まず、大学内がそのような状態にならねばならないはずである。同じ学内にいる障害学生の権利を考えることから始める人権教育の重要性を指摘しておきたい。  (文責:教育支援システム研究部門 青野 透)