【No.468】
科学研究費補助金による研究「学習意欲を高める授業科目が教育成果全般に及ぼす影響とその評価」を終えて-その4-

○●○科学研究費補助金による研究「学習意欲を高める授業科目が教育成果全般に及ぼす影響とその評価」を終えて-その4-○●○

 9月14日・15日、同志社大学で「第10回全国大学コンソーシアム研究交流フォーラム」が開催された。フォーラムに集まったのは、地域による連携組織である。初日のシンポジウムにおける里見朋香文部科学省高等教育大学振興課長が提示した資料を引用すれば、平成17年の中央審議会答申「我が国の高等教育の将来像」において「地方における高等教育の支援や地方振興に資するため、高等教育機関相互のコンソーシアム(共同事業体)形成支援や高等教育機関を核とした知的クラスターの形成支援をすることが重要」と指摘され、「経済財政改革の基本方針2007」(平成19年6月閣議決定)において、「国公私を通じた地方における大学地域コンソーシアムの形成を支援するための措置を平成20年度から講じる」と記された。これを受けて、戦略的大学連携支援事業(平成20年度~23年度)が行われ、大学間連携共同教育推進事業(平成24年度~28年度予定)となったわけである。

市川太一広島修道大学学長も、同じシンポジウムで「2004年の第1回フォーラム開催時には31組織だった大学コンソーシアムは、昨年は48組織に増え、うち11は法人格を持つ組織になっている。2008年以降発足した大学コンソーシアムは8つあるが、文部科学省の戦略的大学連携事業が設立に果たした役割は大きい」と述べられた。

 さて、大学コンソーシアムの目的は何か。市川学長が、フォーラムにおける分科会のテーマの定食メニューとして最初に挙げたのは、単位互換である。実際に、公益財団法人大学コンソーシアム京都定款が、「(公益目的事業)第4条 この法人は、第3条の目的を達成するために次の事業を行う。(1)単位互換、インターンシップ等の教育に関する企画調整事業」と規定しているように、大学コンソーシアムは、単位互換の教育事業が中心となってきた例が多い。その結果、昭和47年、大学設置基準改正によって導入された「単位互換制度」は、各地域における大学コンソーシアムによって大規模に行われるようなったのである。

 地域における大学連携による単位互換の有用性は指摘するまでもないであろう。学生たちにとっては、自大学にはない科目が履修でき、各大学にとっては相互に必要な科目を補完しあうことも可能になる。私も、大学コンソーシアム石川におけるシティカレッジ科目として、金沢市内中心部の教室で教養科目としての日本国憲法を教えた経験がある。こうして、多様な科目を受講する機会を多くの学生たちに提供する組織として、全国の大学コンソーシアムは機能してきたわけである。

 だが、高等教育は、週刊センターニュース第462号(2013年7月29日)で指摘したように、無料オンラインのビデオ教材「ムーク 英語表記はMOOC(Massive Open Online Courses)」の時代になろうとしている。ネットに、学びたい内容の授業があれば、無料で受講できる。これについて私は同ニュースで「肝心なのはどう分かりやすい授業内容(世界の大学教員を相手に比べても遜色がない程度)にするかである。FDも授業内容の改善のためであった。方法改善も手段でしかない。ネット空間の授業内容による学生争奪競争である。面白い時代になってきた」と書いた。いずれは、日本の大学でもMOOCによる単位取得が認められる時代になるであろう。

 地域はもちろん、国をも超えて、授業内容を学生たちが選べる時代になってきたのである。必然的に、私たち大学教員は、例えば、同じ科目名の授業が無料オンラインとして存在すれば、それに負けない内容の授業をしなければならないことになる。だから教育は面白くなる。教育のための研究が必要とされる。そして、教育のための研究を十分に行った成果を反映した授業内容を、ネットで公開すれば、世界の学生たちから評価されることになる。

大学設置基準は、「(教育内容等の改善のための組織的な研修等)第二十五条の三  大学は、当該大学の授業の内容及び方法の改善を図るための組織的な研修及び研究を実施するものとする。」と規定しており、大学は授業内容・方法改善の組織的研修・研究実施を法的義務として負っている。これからは、教員一人一人が、否が応でも、自分の授業内容・方法改善のための研究をせざるを得なくなる。あるいは、授業内容・方法の相互研修をしなければ、学生たちに見向きもされない授業となるだろう。専門研究だけしか評価されない時代が過去にはあった。これからは違う。授業研究をすればするだけ報われる、そんな時代に生きる教員は楽しいはずである。手応えのある授業を一度でも経験すれば、そのことは理解できよう。研究者魂の発揮のしどころである。

当センターでは、8月5日に「第15回FD研 究会・第21回学生・学習支援研究会」テーマ:「高校における生徒の学習意欲向上の取組―共同研究「学習意欲を高める授業科目が教育成果全般に及ぼす影響とその評価」の成果として―」講師:松田 淑子 福井大学教育地域科学部教授、8月27日に「第16回カリキュラム研究会」テーマ:「改めて考える高大連携」講師:坂詰貴司(芝中学高等学校教諭)と中等教育における教育実践、授業改善の取組に学ぶ企画を続けてきた。ここでも再認識されたのは、大学を含めて学校教育は、授業研究それも授業内容の研究が重要だということである。

小学校教育における優れた実践報告として、例えば、伊藤功一(前青森県三本木小学校校長)『魂にうったえる授業 教えることは学ぶこと』(NHKブックス、1992年)がある。「毎日の授業実践の中で『この教材を通して、子どものどんな能力を育てようとしているのか』『その教材解釈に甘さがないか』『教材解釈に自分なりの根拠とか信念を持って授業に臨んでいるか』『深い教材解釈があってこそ、子どもらの柔軟な見方、考え方を生かした授業実践ができるのではないか』」と自らに問うことが重要であること、そして「教師の内部に『伝えたいもの』が強くある時、それは子どもの内部にある学ぶことへの欲求に触れる力がある」ことを再三指摘している。

初等・中等教育で行われてきた授業研究の成果に、私たち大学教員が学ぶべきことはたくさんある。MOOCも参考にしながら、授業内容や方法研究によって学問的根拠に基礎を置き、本当に自分が生徒に教えたいと思える内容を準備して教壇に立つことが、出発点である。そのときに、例えば、「ただ教師の説明の多少(=生徒の発言の多少:引用者)が、直ちに子どもの自主性、自発性を育成することに影響するという、極めて短絡的な考え方」(伊藤前掲書)から脱却することが可能になる。大学教員もまた、自らの授業体験からしか、自分の授業の改善の途は見いだせない。  

後期の授業が始まる。この授業で私は何を学生たちに伝えたいのか、学生たちのどんな学習意欲を引き出そうとしているのか-問い続けたい。(文責 教育支援システム研究部門 青野 透)